『お礼なんていいよ。出先で困っている人がいたら自分のできる範囲で助けてあげればいいよ』

宛もなく奈良県を走っていた 途中一人の故人を思い出す 数年前、リトルカブで平均月3000km位ブン回していた時に奈良県十津川村を南下して和歌山に入り熊野本宮との間でパンクした 宛もなく押す 2、3キロ位本宮目指して押す 途中、通りかかった産廃トラックが停止 『兄ちゃんガス欠か?』 続く




トラックには目一杯の産業廃棄物 『ガソリンもヤバいですけどパンクです』 『ちょっと待っとき。また迎えに来るから動いたらあかんで』と 30分位で戻ってきた トラックは積載はなくパワーゲート付き 多少厳つい顔立ちにビビりながら助手席へ 『時々あるんよ。この道は。ガス欠とか』と 続く




ナンプレ見て『堺市ってめちゃくちゃ遠いのに何で?』 『とりあえず那智山目指して走ってたんですけど』と話していたら奈良県十津川村の事業所兼自宅到着 奥さんが出迎えてくれた ふと目にやると泥だらけのセローが停まっていた バイク乗りでもある 『ちょっとカブ見させてもらうわ。中入っといて』と




中には奥さんがいる こういうのって夫婦間に温度差があって奥さんは迷惑なんやろなと思いながら上がらせて貰った TVを見ながらも緊張 その時に『お風呂湧いたから入ってね』と 2時間くらい押すと熱い だけど止まるとその汗で急激に冷やされ震えていた 恐縮しながらもお風呂を頂いた




風呂は最初は焼けるように熱く、5分後に元に戻った 芯から体温奪われていた事に気づいたのを覚えている そしてリビングに戻ると 『チューブないからパッチでパンクなおったわ。ガソリンも満タンやで。この時間から山道危ないから泊まっていき』 なんつー浦島太郎的な展開 結果晩御飯を頂き泊まる事に




寝る前まで夫婦の話を伺った 息子さんはバイク事故で亡くされ、乗っていたバイクは違えど背格好がその息子さんに似ていたらしく、カブを押している私に声かけずにはいられなかったらしい 翌朝目覚めたらもう旦那さんは仕事に出掛けて居なかった 朝食まで頂き帰路へ 満タンなんでノンストップで帰れる




しかしリトルカブにはガソリンメーターはシートの下 大阪藤井寺の信号待ち ふとシートを上げメーター確認 ん?封筒がテープで留められている 中を見ると二千円と手紙 帰りのご飯代と万が一のガソリン代と書かれていた 最初、助手席に座る時にありがたいけど少し厳つい顔に恐怖すら感じたのを猛省した




それから冬を迎え南方を諦め奈良、京都をメインに走る 春先に熊野本宮を目指して走る 当然ながら寄らせて頂いた 旦那さんは仕事で居なく二千円とりくろーおじさんのチーズケーキを奥さんに手渡し少し話して南下 夏が来て熊野三山巡りの為に三度十津川村の自宅に寄る ん?産廃が無い 『お久しぶりです』




『旦那さんは仕事ですか?』 『10日前に亡くなったんよ。虫の知らせかねぇ』 あまりに急で思考停止した 52歳にして筋肉質だった 病には勝てなかった しかし若すぎる まさか仏壇に手を合わせるとは1ミリも思わなかった 結局旦那さんとは助けて頂いたその夜が最初で最後だったんですよねぇ




休日にセローで山を走るのが楽しいと話していた あっちで息子さんと楽しいバイクライフをおくっている事を切に願う 今日はその方の命日でもない ふと奈良県に入りモトダイナー目指していたけど、ノンストップで十津川村まで南下した リトルカブには思い出が沢山詰まっていて一番大事にしている由縁




時は戻り助けて頂いた夜 『お礼をさせて下さい』の返しに『お礼なんていいよ。出先で困っている人がいたら自分のできる範囲で助けてあげればいいよ』と言う言葉は今も残ってますね




奥さんの話によると旦那さんが生前時折私の話をしていた事を仏壇前で聞く 『今日は天気いいからまたどこか走ってるんやろうなぁ』とか『事故しなければいいが』とか 亡くなったと聞いた時よりも正直この時が自分的にヤバかったなぁ

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